御奉納

お志による神社へのご奉納品を一部ご紹介させていただきます

■京都龍馬会による手水石の寄贈(奉納)

令和2年11月1日、京都龍馬会様より手水石をご寄贈いただきました

 

ご寄贈には、新型コロナウイルス感染症に伴うさまざまな災いを洗い清める願いが込められております

 

手水石は、伊予の青石で、愛媛県の代表的な自然石。大洲城の石垣にも使用されています。坂本龍馬が志を持って脱藩するときに駆け抜けた山から穫れた手水石は、龍馬が眠るこの地にこそふさわしいものと考えられました

 

設置場所は、霊明神社への参道にある霊明神社西墓地の入口

 

この参道は、昭和になってから整備された「維新の道」ができるまで、参拝される方が歩いてきた本来の参道です。つまり、龍馬さんをはじめとする勤王の志士たちが歩いた道であり、霊明神社で葬儀し、霊山墓地に埋葬された方の葬送の道です。通称「龍馬坂」と呼ばれています。平成22年(2010年)10月13日には、この参道に「坂本龍馬 中岡慎太郎 など幕末志士葬送の道」石碑が建立されています

 

京都龍馬会さまをはじめ、今回の趣旨にご賛同いただき、ご寄付をいただいた皆さま、関係者のみなさまには厚く御礼申し上げます

皆さまの厄難を祓い、幸多く、よりよく生きられますこと、お祈り申し上げます


■梅田雲浜自筆の『訣別』

梅田雲浜自筆の『訣別』
梅田雲浜自筆の『訣別』

梅田雲浜の書を持っているという方からその書をご奉納いただきました(令和2年1月6日)

 

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梅田雲浜『訣別』

 

妻臥病牀兒叫飢

挺身直欲拂戎夷

今朝死別與生別

唯有皇天后土知

 雲濱

 

妻は病床に臥し児は飢えに泣く

身を挺して直ちに戎夷に当らんと欲す

今朝死別と生別と

唯皇天后土の知る有り

 雲浜

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「妻は病に伏し、子どもは飢えて泣いているけれども、私は身を挺して外敵(ロシア艦と思われる)を倒そうと思う。今朝、家族と死別するか、生き別れになるかは、天地の神々が知るところである」

 

 安政元年9月、ロシア艦隊が大坂湾に入ると聞いた梅田雲浜が十津川郷士たちとロシア艦を襲撃するために、病床の妻と子どもを置いて旅立ちます。この書は、このときの心境を詠んだ七言絶句です。いくつか同じものを書き残しているそうです。

 

ちなみに辞世の句としては下記を残しています。

「君が代を おもふ心の 一筋に 我が身ありとも 思はざりけり」



■杵屋佐登代氏(霊明神社四世神主・村上歳太郎の孫)による奉納

賽銭箱
賽銭箱
楽太鼓
楽太鼓